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Peasant family economy and population in the late Tokugawa period : Shinmachi-mura, Musashi province, 1777-1872

Authors
Publisher
慶應義塾経済学会
Publication Date

Abstract

徳川後期の農家経済と人口 a C D C2) 速 水 〔1983〕。 たとえぱ関山〔1958〕の地域別人ロ変動の分析。 幕末期の経済と人口にかんしては斎藤〔1985〕第n 部が多くの問題提起を行なっている。 梅 村 〔1969〕。 ヨ ー ロ ッ パ の プロト工業化論にかんしては斎藤〔1985〕第 I部をみよ。 —— 57 (.321:) —— 德川後期の農家経済と人口 —— 武州新町村,1777〜1872年一 浜 野 潔 1. は じ め に 德川後期の経済史において,人口増加がどのような メ力ニズムで生じたのかという点は, 1つのトピック である。徳川期の人口変化はけっして全国一様のもの ではなく,著しい地域差を伴っていたが,おおむね19 世紀前半から人口は全国的に上昇過程に転じ,明治以 降の人口増加へつながっていったといえる。 従来の日本史研究は,経済的発展が見られた地域で は,その結果としてその地域の人口が増大したことを 暗黙の前提としてきた。 しかしながら,経済的発展の 中身が何であるかという点は十分に明らかにされてい 'ない。襄業成長を重視する見解もあるし,農間渡世, 織物業など,副業の発展を重視する考え方もある。 ま た,人口増加のメカニズムにかんしても, 出生率の上 昇を採る考え方もあれば,死亡率の低下を採る向きも あり,けっして意見の一致をみているとゆ言い難い。 ヨ ー ロ ッ パ の 「プロト工業化論」では,賃 機を行っ ていた* 実上の賃金労働者層において,女子の結婚年 齢が低下し人ロ増加が生じたとされている。 これに对 して19世紀諫訪地方を対象とする斎藤〔1982〕および S a ito 〔1983〕によれば, 日本のプロト工業化はヨーロ ッバとはかなり様相の異なるものであった。 日本では 女子の結婚年齢低下は起こらず, もっぱら婚内の出産 力上昇によって,人口増加が生じたのである。 ところで斎藤が用いたのは村ペースの集計データで あって世帯ペースではない。 したがって村内において, どのような経済的特性を持った世帯が人口再生産を担 ったかという点は未解決の問題である。’ 德川期の歴史人口学研究は「宗門改帳」 という第一 級の史料を駆使することによって,近年急速に成果を 挙げてきた。 しかしながら,宗門改帳に記載されてい る経済変数は,せ い ぜ い 「持高」 ぐらいに過ぎないた め, これ以外の経済変数と人口の関係はほとんど検討 されてこなかった。持高は農民の経済状態を表わす指 標として,少なくとも第一次的には有用であることは 間違いないにしても, これだけで経済と人口の関係を 論ずることは不十分といえる。 とりわけ—— 本稿が対 象とするような—— 畑作地帯,あるいは徳川後期には, 副業収入にも目を向ける必要があるだろう。 そこで本稿では宗門改帳とそれ以外の史料を突き合 わせることにより,德川後期の農家経済と人口の関係 を検討してみたい。具体的には持高および副業にかん するデータと, 出生率のデータを突き合わせることに より,おのおのの出生率への効果を明らかにすること である。史料として用いたのは武州多!?郡 新 町 村 (現 東京都青-梅市新町)吉野家文書であり,宗門改帳,農間 渡世書上,物産書上などを利用した。 3) 4) 5) 「三田学会雑誌」79卷 3 号 (1986年8 月) 2. 新町村の概観 新町村は武蔵野台地の西縁に位置し,言梅街道に沿 った近世初期新田村である。支配関係はかなり頻繁に 変更されたが, 本稿の観察期間に限ると,延 享 5 (1748) 年から天保3(1832)年までが円安領,以後は江川太郎 左 衛 門 (英毅 . 英竜)代官支配となり, 明治元(1868)年 I I 山県管轄, さらに明治5 (1872)年神奈川県菅g とな つ 7こ0 天 明 2 (1782) 年 の 『村差出明細帳』 に拠れぱ村高 424石余,反別163町となっており, この内9 反 6 献 19 歩の屋敷地を除くと残りはすべて畑地であって,水田 はまったく存在しない。農業は大麦,小麦,粟,稗と いった雑穀生産にほぽ特化しており,その他豆類,宇 類,野菜などが自給向に作られていたに過ぎない。 これに対して—— あるいは,それゆえにというべき かも知れないが—— 村明細帳などによれぱ,農間渡世, 織物業などの副業は早くから行なわれていたようであ り, とりわけ19世紀に入ると関連史料が増加してくる。 次に,いくつかの史料を用いて,新町村におけ

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