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A Note on Economic Growth, Trade and Environment : An Approach to the Global Environmental Issues from the Framework of the North-South Problem

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Publisher
愛媛大学法文学部
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Keywords
  • 000

Abstract

?????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????? ?????????????????????????? ??????????????????????????????????????????????????? ??????????????????????? ??????????????? ??????????????????????????????????????????????? ?????????????? ??? ???????????????????????????????????????????????????????? ?????? ???? -67- カズオ・イシグロの物語の手法について カズオ・イシグロの物語の手法について 野 崎 重 敦  序 論  カズオ・イシグロの初期の短編小説では、「夕餉」(‘A Family Supper’, �982)や 「戦争のあとの夏」(‘The Summer after the War’, �983)など、戦争後の日本を舞台 にしたものが目立つ。それら2作品では、戦後の価値観の変化に悩む年老いた 世代の登場人物を巡って物語が展開する。「夕餉」では会社が倒産し、引退した ビジネスマンが登場するが、その息子が何年ぶりかでアメリカから帰って来る ところから物語は始まり、息子の視点から父親の姿が描かれていく。父親は戦 争中、海軍で戦艦に乗っていたが、本当は空軍に入るのが一番の希望であった という。そのわけは「船だと敵に攻撃されたら、できることといったら命綱を 求めてもがくことだけだ。しかし飛行機なら、そうだ、いつでも最後の武器が ある」からであった。つまり飛行機での体当たりという最後の攻撃手段がある からである。話し方も重々しく、「まるでひと言ひと言をそれが締めくくりの言 葉であるかのように話す」と表現され、再会した息子との会話もなかなかはず まない。息子は子供の頃、「年取った女のようにおしゃべりをするな」と父親に 頭をなぐられたことを思い出す。彼は戦後になって、商売のやり方を含め、あ らゆることが外国風に変化したことを嘆いている。また、息子が新しい考え方 にとらえられて自分と意見があわず家を出てアメリカに行ってしまったことで 長い間苦しんだのであった。そんな彼も今は穏やかになった様子で、久しぶり に帰って来た息子に、家の中を案内しながら、会社が倒産し、暇ができたのでこ んなものを作っているんだと笑いながら戦艦の模型を見せるのである。最後は一 家3人のなごやかな夕食の場面で、和解を感じさせる終わり方となっている。 -68- 野  崎  重  敦  「戦争のあとの夏」では、戦後まもない時期が舞台となっている。語り手は 一郎という幼い男の子で、東京で戦災にあって、鹿児島の祖父の家で暮らし始 めるところから話が始まっている。祖父が有名な画家だと聞いていた一郎は、 この家に祖父の絵が一枚も飾られていないことを不思議に思い、祖母に「おじ い」の絵を見せてほしいとねだるが、はぐらかされる。一度お風呂にはいって いるときに、「なぜおじいは絵を描くのをやめたのか」と尋ねるが、「物事がう まく行かなくなった」ことをほのめかすだけで、はっきりした理由は教えてく れない。そのうちに、祖父の昔の弟子が訪ねて来て、二人の会話を立ち聞きし たり、部屋の片づけを手伝っていて、偶然祖父の絵を一枚発見したことなどを 通して、祖父が戦争中、戦意高揚のための絵を描いたために、戦後不遇な立場 に追いやられた画家であることが明らかになっていく。  このように、両作品とも戦中から戦後にかけて生きた人間の苦悩が中心にあ るが、いずれの作品でも新しい世代の登場人物たちの語りによって、彼らの目 を通して提示される。そして彼らにとって、また読者にとっても、もともと口 が重く自らについて多くを語ろうとしない上の世代の人たちの心の中は、謎に 包まれたままに終わるのである。これに対して、長編小説ではそのような時代 の転換期を生きた人物たち本人が語り手となり、より深く彼らの心の中の動き が描き出されることになる。しかしその場合でも、彼らの口の重さはその語り に反映されているようで、彼らは半ば無意識に、あるいは自分ではまったく気 づかないために、物語にとって重要な事実を語らないでいることがある。本論 では、こうしたいわゆる「信用できない語り手」の

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