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Town Structure of Higashimukikita-machi 東向北町, Nara 奈良

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Publisher
奈良大学
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Abstract

古代・中世の奈良に関する歴史研究は、かなり豊かな質量を誇っている。そうした学問的成果や雰囲気の故であろうか、現代の奈良は近世や近代をとびこえて、古代・中世史的理解によって解釈されているかに見える。 しかし、歴史的な事実をふまえてみよう。たとえば、現在の奈良市の中核となっている旧奈良町は、町民の真摯な町づくりの努力によって、戦国時代以降に形成されてきたものである。地域史的な観点からすれば、近世や近代の歴史を抜きにして、現代の奈良を語ることはできないわけである。とはいえ、近世奈良町の研究は手をつけられたばかりである。都市支配や都市構造に関する総合的・個別的研究の積みかさねが急がれなければならない。 本稿では、とりあえず東向北町の貴重な町内記録である『万大帳』の分析を通して、近世奈良町の構造の一端を明らかにすることを課題とした。東向北町は、現在は近鉄奈良駅に隣接し東向商店街を形成する繁華な町であるが、町並みの形成は十六世紀末ごろから進んだらしく、当初、通りの西側にのみ町家があって東側は興福寺の築地となっていたところから「東向」の称が生まれたという。

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