フィリピンにおけるムスリム女性の海外労働 - 送り出し社会の視点を中心に(国際公共比較部門第22回対話研究会報告)
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- 千葉大学 公共研究センター
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210 【報告・紹介】 フィリピンにおけるムスリム女性の海外労働 ―送り出し社会の視点を中心に(国際公共比較部門第 22回対話研究会報告) 千葉大学社会文化科学研究科博士課程 3年 日本学術振興会特別研究員(21世紀 COE) 千代崎 未央 2007年 11月 9日(金)、千葉大学 21世紀 COEプログラム「持続可能な福 祉社会に向けた公共研究拠点」国際公共比較部門の第 22回対話研究会が開催 され、大阪大学グローバルコラボレーションセンターの石井正子氏が「フィリ ピンにおけるムスリム女性の海外労働:送り出し社会の視点を中心に」と題し た研究報告を行った。石井氏の報告は、国際公共比較部門がテーマの一つとし ている労働を、地域研究とジェンダーという視点から取り上げたものである。 報告の前提として、ジェンダーの観点からの移民研究について説明がなされ た。1980年代半ば以降、家族を伴わないで単身で移動する女性が増えたことと、 移民労働者の中での女性の比率が増加したことで、フィリピンでは「移民労働 者の女性化」現象が進み、ジェンダー・アプローチからの移民の実証研究が行 われるようになった。そこでは、男女で分断化・階層化された労働市場の在り 方や、女性たちの社会的ネットワーク、世帯戦略、家庭において女性が不在で あることの影響、ジェンダー規範や女性性規範などがテーマとして取り上げら れている。石井氏は女性にまつわる規範を、1)ジェンダー規範(「女性性」と「男 性性」の相関関係から派生する規範)、2)「女性性」規範(女らしさを規定す る規範)3)女性「性規範」(女性のセクシャリティを管理する規範)に整理 している。報告では、移動前に女性「性規範」の一部が変化して行動範囲を広 げることに対するネゴシエーションが可能になった結果、女性が中東湾岸諸国 を中心に出稼ぎに行くようになり、帰国後に新しい価値観を元の社会に持ち帰 千葉大学 公共研究 第5巻第2号(2008 年9月) 211 り、「女性性」規範を様々に変えている事例が取り上げられた。 報告の概要 最初にフィリピンのムスリムの歴史的・社会的状況が説明された。フィリピ ンの総人口の約 5パーセントを占めるムスリムは、主にフィリピン南部のミ ンダナオ島とスルー諸島で生活している。この地域は元々イスラーム化した先 住民や少数民族が居住していたが、20世紀初頭から北部のキリスト教徒が移 住し始め、1960年代の大量移民を経て人口比率が逆転し、ミンダナオ島では ムスリムが少数派となった。政治的・経済的権限を剥奪されたムスリムたちは、 1972年よりモロ民族解放戦線を中心に、南部の分離独立を目指す武力闘争を 開始した。1996年にはモロ民族解放戦線と政府の間で和平合意が成立するが、 これに反発する別組織と政府軍との紛争が再発している。 次に、石井氏が 1995年から 1996年の間にミンダナオ島サランガニ地方で 行った聞き取り、そして 2004年までの追跡調査から明らかになった状況につ いての分析が行われた。1960年代の移民の流入に伴い、サランガニ地方のよ うなミンダナオ島周縁部にも貨幣経済と学校教育が導入されるが、1940年か ら 50年代生まれの女性たちの語りによると、当時の女性「性規範」からすれ ばムスリム女性が学校教育を継続することは困難であった。未婚の女性の処 女性を保護するために、彼女たちの行動範囲が制限されたためである。しかし、 その後の紛争により自給自足の基盤から切り離され避難することで、女性たち は都会の生活や賃労働を経験するようになり、読み書き・計算能力の必要性を 認識するようになった。そこから、女性も学校教育を受けて家計に貢献するべ きとの意識が生まれていった。 このような変化の延長線上に女性「性規範」により制限されていた行動範囲 に対するネゴシエーションが可能になり、ムスリム女性が海外へ働きに行くこ とが可能になった。ネゴシエーションの理由は家計の危機であり、家計に貢献 するという理由では、女性が行動範囲を広げて働くことが許容されるように フィリピンにおけるムスリム女性の海外労働 212 なった。また、サランガニ地方における海外労働の特徴として、①内戦が小康 状態になった 1990年代に渡航していること、②渡航先が中東諸国であること、 ③圧倒的に女性が多いこと、④就業形態の大半が家庭内での家事労働であるこ とが挙げられた。このような海外労働の実態を明らかにした上で、石井氏はさ らにムスリム女性のアイデンティティの変容についても検証した。同じイス
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