Affordable Access

電電公社の民営化の研究 : 技術革新の評価を中心に

Authors
Publication Date

Abstract

氏     名  佐々木 博 光 氏 名 羽 渕 貴 司 学 位 の 種 類 博 士(商 学) 学 位 記 番 号 第4689号 学位授与年月日 平成17年3月24日 学位授与の要件 学位規則第4条第2項該当者 学 位 論 文 名 電電公社の民営化の研究 ― 技術革新の評価を中心に ― 論文審査委員 主 査 教 授 安 井 國 雄 副主査 教 授 下 崎 千代子 副主査 助教授 中 瀬 哲 史 論 文 内 容 の 要 旨 本研究は、電電公社の民営化について研究を行う。電電公社は、臨調の「基本答申」(1982年7月30日)を 契機として、政治諸主体の対立と調整が繰り広げられた結果、分割は先送りとなったが、民営化されることと なった。 臨調は、電電公社という企業形態のままでは技術革新を進めることはできない、という主張を展開した。電 電公社という企業形態が技術革新の阻害要因となっている、というのである。しかしながら、日本の戦後の情 報通信産業の担い手は電電公社であり、データ通信をはじめとした技術開発を積極的に推し進めてきた。この 電電公社が技術革新の阻害要因になっているとは、どのような意味だろうか。少なくとも、電電公社という企 業形態が原因となって、技術革新を推進することができないというのであれば、戦後の電電公社の技術開発を どのように評価することができるだろうか。 以上の問題意識に基づき、本研究は、電電公社と技術革新との歴史的関連の実態把握を通じて、技術革新を 推進するためには電電公社を民営化する以外にないという臨調の議論の妥当性を評価することを課題として設 定した。 電電公社と技術革新との関連を歴史的に検討するためには、電電公社の企業組織が技術革新と並行してどの ように変化したのかを分析すればよい。電電公社という企業形態のもとでは技術革新に対応することができな いのであれば、企業組織には何ら変化はみられないはずである。逆に、積極的に取り組んだのであれば、企業 組織も大きく改革されたはずである。 そこで、電電公社のライン・スタッフ部門、トップマネジメント、電気通言研究所、さらには電電公社を管 轄する郵政省を検討することにより、電電公社と技術革新との関連の実態について解明した。データ通信サー ビスが登場してきた70年代から民営化に至るまで、電電公社は市場ニーズを意識した事業展開を積極的に進め てきた。しかし、電電公社の「事業展開は自らの企業形態の限界(事業範囲の制限や意思決定への政府の関与 等)に突き当たることとなった。これが、電電公社の企業形態の改革が検討課題となってきた大きな要因であ る。電電公社の企業形態改革の原因は電電公社自身の事業展開にあるというのが、本研究の結論である。とこ ろが、臨調はこの原因を電電公社の企業形態それ自身に求めたのであった。こうして、政府が経営に深く関与 している公企業では技術革新に対応できないという論理が普遍命題として論じられることになっていった。 このような臨調の議論では、電電公社の事業活動の歴史を正当に評価することができないだけではなく、公 企業は非効率であるから民営化せよ、という論理で全てが片付けられることになる。三公社(電電公社・専売 公社・国鉄)の民営化とは、このような論理でもって遂行されたのである。 -334- -335- 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨 本論文は、技術革新との関連で電電公社がなにゆえに民営化されたかを解明しようとするものである。従来、 電電公社は公社と言う企業形態であるがゆえに、「経営の自立性」が低く、技術革新に対応できないとされてき た。また、新自由主義的な潮流も規制緩和の流れの中で、公社の民営化を主張していた。 そこで本論文は、技術革新との連関で公社において、いかに技術革新に対応して企業組織を変革してきたか を検討した。公社は1970年代前半には市場開発課を設置し、市場調査・広報活動を開始していた。また電気通 信研究所はデータ通信を中心的テーマに研究開発を進めた。72年には研究開発本部が設置され、総合的にデー タ通信の技術開発が志向された。公社は70年後半には「VLSI技術研究組合」に参加し、公社の基礎研究が 国家プロジェクトに組み込まれた。また、公社は企業ニーズを意識した研究開発を志向した。 1980年前半になると「企業通信システムサービス本部」が設置されたが、これを契機に民業圧迫の事態が生 じた。以上

There are no comments yet on this publication. Be the first to share your thoughts.